昭和44年6月の大阪駅4番線
給水口の設置状態が良く解ります。
ゼブラ塗装されていたみたいです。
昭和52年12月11日の大阪駅2番線
機関車の蒸気発生装置の給水設備です。
ホースも太く、給水口のソケットも見えます。
このホームも屋根先端にブラケットが取り付けられています。
昭和44年6月頃の新大阪駅です。
大阪駅とタイプは違いますが屋根先端から
架線吊りのブラケットが取り付けられています。
大阪駅とタイプは違いますが屋根先端から
架線吊りのブラケットが取り付けられています。
関西ではこのような吊架方式が多かったのでしょうか。
昭和39年東海道線立花駅
こちらは、き電線、付帯電源線を一体にまとめて有るので
上下線を跨ぐ大掛かりなブラケットになっています。
先の大阪駅での昭和32年の9番線でのスナップですが
架線ブラケットへの取り付け状態が少し違うようです。
給水ホースの取り出し口にはちゃんと蓋があります。
わんわんさんのコメント代筆です。
返信削除「緩行線を151が走ってる!昭和40年、すでに毎日立花駅で電車見てたはずやが、こんなシーンはありえへん!列車線事故やったんかなー」
外線が工事、故障及び事故などの時、本来外線使用の列車が内線を走行する事はありますね。当時も現在も。
削除特に深夜は保線工事で内線走行はよく有る事です。
今は殆ど見かけないですが、内線の遅れが出た場合、快速が外線を走行し普通列車を追い越していました。
このコメントは投稿者によって削除されました。
削除このコメントは投稿者によって削除されました。
削除最後のこだま号の画像と、103系の最後の画像は、ほぼ同じ場所からの撮影ですね。
返信削除屋根に取り付けられたブラケットの違いが良くわかりますね。
昭和30年代は、吊架線がブラケットの上に取り付けられています。
昭和40年代後半には、吊架線がブラケットの下に吊るされています。
何で変更したのでしょうね。